宇治を散策、生まれ変わった平等院(2014年5月31日)


Wikipediaからの引用

平等院
 京都南郊の宇治の地は、『源氏物語』の「宇治十帖」の舞台であり、平安時代初期から貴族の別荘が営まれていた。現在の平等院の地は、9世紀末頃、光源氏のモデルともいわれる左大臣で嵯峨源氏の源融が営んだ別荘だったものが宇多天皇に渡り、天皇の孫である源重信を経て長徳4年(998年)、摂政藤原道長の別荘「宇治殿」となったものである。道長は万寿4年(1027年)に没し、その子の関白・藤原頼通永承7年(1052年)、宇治殿を寺院に改めた。これが平等院の始まりである。

宇治上神社
 
創建年代などの起源は明らかではない。当社のすぐ近くには宇治神社があるが、当社とは二社一体の存在であった[1]。当社の境内は『山城国風土記』に見える菟道稚郎子の離宮「桐原日桁宮」の旧跡であると伝え、両社旧称の「離宮明神」もそれに因むといわれる。
 当社の境内外には「天降石」や「岩神さん」と呼ばれる巨石があり、磐境信仰による創祀という説もある。

路線図




地図








掲載した写真

平等院表参道 平等院
宇治川遊覧船 浮島十三重石塔
宇治神社 宇治上神社



写真集

宇治の町並み  写真1  写真2
平等院
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   写真5   写真6
宇治川河畔   写真1  写真2
宇治の町並み、宇治上神社
   写真1   写真2   写真3



 
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